豊風と僕~その③ | * 僕は駆け出し作家 *

豊風と僕~その③

* 1 * コチラ




* 2 * コチラ   



              


青い空は、徐々に赤紫色に染まっていった。夕暮れはアスファルトに細長い影をおとす。たったひとつ、僕を除いて。
そう、僕は死んだ。それを理解したのは案外早かったのかもしれない。なんて勝ち誇っても仕方のないことだけど、僕が今の豊風みたく、繋ぎの役目をした時は、死を理解出来ない奴らばっかでうんざりさせられた。と、その話は今はおいといて。


豊風が去った後、しばらく呆然と立ち尽くしていた僕は、目の前を通る女性を見つけ、呼びとめた。何か言おうと考えてた訳ではない。ただ咄嗟に身体が反応した。僕はよっぽど焦っていたんだろう。自分の行動に気付かされた。
『あの、すいません』
「・・・・」女性は僕を無視する。そこに違和感があった。例えナンパだろうと、どれだけ怪しい人だろうと、一度くらいこちらを見るだろう。でもその女性は一度もこちらを見ないどころか、眉をピクリとも動かさず、何度呼びかけてもただ前を見て、何事もなかったかのように歩き去ったんだ。
何かの罰ゲームか? なんて考えるが、それも違うことに気付いていた。なんせ、最後の記憶は車に跳ねられた部分だったからだ。その後がない。それが拭いされない。
現実感はないものも、夢とも思えないこの世界では、罰ゲームよりも僕が死んだという考えの方がむしろ現実味があった。


そう、あれは信号のない所だった。確か道路を挟んで向こう側。とある雑貨屋のショーウィンドウに、彼女の探していた鞄を発見したんだ。たかがそんなことで舞い上がり、僕は確認もせず道路にとびだした。あまり車の通らない道だったとはいえ、なんて間抜けな話だろう。ボールを追いかけるガキんちょじゃあるまいし。
車のブレーキの音がして咄嗟に右を向くと、ほんの数メートル先、猛然と向かってくるトラックが見えた。『あっ、やばいかも!』と思ったその瞬間から、すべてがスローモーションになる。僕はトラックを避けようとするけど、水の中に沈んでいるかのように身体が重たく、思うように動かない。運転席を見上げるとドライバーの驚きひきつる顔がはっきりと見えた。『こりゃアカン』と思った矢先、
キキキキ…ドーン―

とブレーキのけたたましい音に負けないくらいの衝突音が響く。途端、時間は元の早さを取り戻す。スローモーションで溜めた分だけ、衝撃も倍増されたような気がした。僕の身体はフワリと空中に放り出され、そのままガードレールに頭からぶつかった。バッティングセンターで聞こえる、カーンとかキーンといった具合の心地よい快音が頭に響いた(他の人にはどう聞こえたか分からないが)。
そして風呂につかるような温かさが訪れたかと思うと、すかさず震えるような寒さがやってきた。高熱で寝込んでいく様を驚異的な早さで体験しているようだった。
薄れる意識の中、家族や彼女のことが頭を横切り、最後には『俺が武田鉄矢やったらトラックは寸でのとこで止まったんかな?』なんてくだらないことを考えていた。あぁ、ほんとくだらない。だけど、それが生きている内の最期の記憶なんだ。


そして、気が付けば豊風が前にいた。


そういやその時に、何かブツブツ言っていたな。
確か…そう。『五年後や』…とか。
ん? 五年後? なんのこっちゃ。



続く…